「あの人はいい車に乗っているな」
「新しいスマホ、いいな」
「自分より給料もいいのか……」
人の生活を見て、そんなことを思ったことはないでしょうか。
別に今の生活に大きな不満があるわけではありません。
もちろん、生活していれば「もう少し給料があればな」と思うこともありますし、欲しいものだってあります。
それでも冷静に考えてみれば、普通に生活はできています。
ところが、人と比べ始めると話が変わってきます。
自分が持っていないものばかりが、やけに目につくのです。
特に今はSNSがあります。
人の生活が、昔とは比べものにならないくらい見えるようになりました。
そんなとき、私が思い出したのが、
「足るを知る」
という言葉でした。
これは「欲しいものを我慢して、今の生活で満足しろ」という意味なのでしょうか。
私は少し違うと思っています。
この記事では、私自身の日常で感じたことを交えながら、「足るを知る」について考えてみたいと思います。
「足るを知る」の意味|老子の言葉と仏教の「知足」
「足るを知る」という言葉は、中国の古典『老子』にある「知足者富(足るを知る者は富む)」でも知られています。
また仏教にも「知足」という考え方があります。
難しい話を抜きにして、私なりに考えると、
「ないものばかりを追いかけるのではなく、今、自分にあるものにも目を向ける」
ということだと思っています。
これは簡単そうで、実際にはなかなか難しい。
私自身、人の持っているものを見て「いいな」と思いますから(笑)。
いい車を見れば欲しくなることもある。
新しいスマホを見れば「そろそろ自分も」と思う。
仕事の話を聞いて、自分より給料が高いと知れば気になる。
欲があること自体は、人間ですから不思議なことではないと思います。
問題は、その「もっと、もっと」が止まらなくなったときです。
他人と比べ続けると苦しい理由|「自分一人対、世の中のその他大勢」
人と比べることが苦しくなる理由について考えていて、一つ気づいたことがあります。
そもそも比較する相手が一人ではないんですよね。
いい車、いいスマホ、自分にないものばかりが目に入る
車なら、あの人。
収入なら、この人。
一人の人間と自分を比べているわけではありません。
それぞれの人が持っている「自分より良く見える部分」だけを拾って、自分と比べている。
これでは、
自分一人対、世の中のその他大勢
みたいなものです。
そんな勝負、勝ち目なんてありません。
仮に欲しかった車を手に入れたとしても、もっといい車に乗っている人はいくらでもいます。
給料が上がっても、もっと稼いでいる人はいるし、広い家を買ったとしても、もっと大きな家に住んでいる人はいるでしょう。
上を見れば、いくらでも上がいることに気づきます。
これを全部追いかけていたら、どこまで行っても「まだ足りない」となってしまうんです。
SNSで他人と比べてしまうのは、「いいところ」ばかり見えるから
SNSは特にそうだと思います。
旅行へ行った。
新しい車を買った。
美味しいものを食べた。
何かに成功した。
そういう投稿が次々と流れてきます。
もちろん、それが悪いわけではありません。
私だって嬉しいことがあれば、人に伝えたくなります。
ただ、画面に映っているのは、その人の生活の一部分です。
その人にも悩みがあるかもしれない。
仕事で苦労しているかもしれない。
見えないところで大変な思いをしているかもしれません。
それなのに、相手の「いいところ」と、自分の普段の生活を丸ごと比べてしまう。
そうすると、
「それに比べて自分は……」
となってしまいます。
昔から「隣の芝生は青く見える」と言いますが、SNSの時代は、その隣の芝生が何百、何千と見えるようになったのかもしれません。
給料が高い仕事に心が動いたとき、「足るを知る」を思い出した
先日、仕事中に知人から電話がありました。
「人を探している」という話でした。
詳しく聞いてみると、給料が今の私より高い。
私は思わず、
「それなら私が行きたいですよ!」
と言ってしまいました。
半分冗談でしたが、それでも給料の金額を聞いて一瞬「いいな」と思ったのも事実です。
給料だけを比べても、本当に良い仕事かは分からない
ところが、電話を切ってしばらくしてから考えました。
「いや待てよ」と。
給料は確かに高い。でも、勤務時間は同じなのか。
拘束時間はどれくらいなのか。
休みはどうなのか。
仕事内容は?
人間関係は?
その他の待遇は?
条件が違えば、給料だけ比べても意味がありません。
それなら、「まあ、話半分で聞いておいた方がいいな」
そして、もう一つ。
今の給料でも、とりあえず生活はできています。
もちろん多いに越したことはありません。
でも給料という一部分だけを見て、今まで慣れてきた仕事や生活のリズムなどを全部手放してまで環境を変える必要が、本当にあるのだろうか。
『これも一つの「足るを知る」なのかもしれないな』
そう感じました。
「足るを知る」は我慢でも諦めでもない
ここは誤解されたくないところです。
私は「今の給料で我慢しましょう」と言いたいわけではありません。
まして、「生活が苦しくても足るを知れば幸せになれる」などと言うつもりもありません。
本当に生活に困っている人へ「満足しろ」という話ではない
世の中には、本当に生活が苦しい人がいます。
必要なものを買うことさえ難しい人もいます。
そういう問題には、個人の心の持ち方とは別に、社会として救う手立てが必要だと私は思っています。
生活に必要なものまで足りていない人に、
「足るを知りなさい」
と言うのは違うでしょう。
私がここで考えているのは、ある程度普通に生活できているのに、人と比べることで「自分には足りない」と感じ続けてしまうことです。
「もっと」を求める前に、今あるものを確認する
欲しいものがあってもいいと思います。
収入を増やしたいと思ってもいい。
もっと良い生活をしたいと思うことも悪いことではありません。
ただ、その前に一度、
「今の自分には何があるのだろう?」
と考えてみる。
それが大切なのではないでしょうか。
部屋を見渡して気づいた「すでにあるもの」
私は普段、自宅のリビングでブログを書いています。
ある日、パソコンから顔を上げて、何となく部屋の中を見渡したことがありました。
すると、いろいろなものが目に入ります。
生活に必要なものは、だいたい揃っています。
もちろん、「これはなくても困らないな」というものもあります。
そこでふと思いました。
「別に困ってないじゃん!」
と。
雨風しのげる家がある。
3食毎日美味しい食事ができる。(断食中のため一日2食ですが……)
そして、一応、毎日仕事ができている。食うには困っていません。
パソコンを開けば、こうしてブログを書くこともできる。
普段は当たり前すぎて、わざわざ考えることもありません。
人が持っているものはよく見えるのに、自分がすでに持っているものは見えなくなっていたのかもしれません。
だからといって、
「これだけあれば一生何もいらない」
とも思いません。
欲しいものはあります。
でも、一度立ち止まって自分の周りを見るだけでも、「ないもの」ばかりを追いかけていた気持ちは少し変わります。
私にとって「足るを知る」とは、こういうことなのかもしれません。
「足るを知る」と向上心は両立できる
では、足るを知ったら、もう努力しなくていいのでしょうか。
私はそうは思いません。
むしろ、ここは分けて考えた方がいいと思っています。
私は今でもブログをもっと育てたいと思っています。
空手だって、もっと上達したい。
収入が増えたら嬉しいですし、欲しいものだってあります。
新しいことにも挑戦したい。
今あるものを大切にすることと、これから先へ進むことは、矛盾しないはずです。
違うとすれば、
「あの人が持っているから、自分も手に入れなければ」
という焦りで動くのか、
「自分が本当にやりたいから、一歩進んでみよう」
と思って動くのか。
そこではないでしょうか。
新しいことも、最初から大きく始めなくていい
そして何かに挑戦するときも、最初から立派な形をそろえる必要はないと思います。
ブログでもそうでした。
最初から何もかも完璧にそろっていたわけではありません。
やりながら覚えて、必要になったものを少しずつ足してきました。
仕事や副業、個人事業などを始める場合も同じです。
たとえば事業用の住所が必要になったからといって、最初から事務所を借りなければならないとは限りません。
自宅住所を公開したくない場合などには、バーチャルオフィスを利用する方法もあります。
必要なのは「立派に見せること」ではなく、今の自分に本当に必要なものを選ぶこと。
これも「足るを知る」という考え方につながるのではないかと私は思います。
必要以上に形を整えず、小さく始める。
これから副業や個人事業などで事業用住所が必要な方なら、こういう選択肢を知っておいてもいいでしょう。

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ここで大切なのは、バーチャルオフィスを使うこと自体ではありません。
「始めるなら、あれもこれも用意しなければ」と考えなくてもいい。
今あるものを使って、足りないものだけ補う。
それで始められるなら、それでいいのではないでしょうか。
まとめ|「足るを知る」とは、ないものではなく今あるものを見ること
人と比べない。
言葉にすれば簡単ですが、実際には難しいと思います。
私自身、これからも人の車を見て「いいな」と思うでしょうし、収入の話を聞けば気になるでしょう。
それでいいと思ってます。
大事なのは、そこで「自分は持っていない」だけで終わらないことです。
人が持っているものが羨ましくなったら、一度、自分の周りも見てみる。
意外とたくさんのものを、すでに持っていることに気づくかもしれません。
「足るを知る」とは、欲を全部捨てることでも、成長を諦めることでもない。
今あるものをちゃんと見たうえで、それでも自分に必要なものなら求めていく。
今の私は、そんなふうに考えています。
今日できること|自分の周りを一度見渡してみる
この記事を読み終えたら、ほんの少しだけスマホから目を離してみてください。
そして、自分の部屋や身の周りを見渡してみる。
高価なものを探す必要はありません。
「今、自分には何があるだろう?」
それだけ考えてみる。
私がリビングでふと気づいたように、普段は当たり前になって見えなくなっているものが、一つくらい見つかるかもしれません。
それが「足るを知る」ことの第一歩なのだと、私は思っています。🌿
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