仕事で失敗したことや、人とのやり取りでうまくいかなかったことを、家に帰ってからも何度も思い出してしまうことはありませんか?
「あのとき、こうすればよかった」
「もっと違う対応ができたんじゃないか」
「周りの人はどう思っただろう」
私もあります。
先日も、ある出来事について何度も考えていました。原因を調べ、次に同じことが起きないための対策まで考えたので、問題はもう解決したはずです。
ところが、それでも頭の中では同じことを繰り返し考えていました。
そこで思ったんです。
これは本当に「反省」なのだろうか?
失敗を振り返って次に活かすことは大切です。しかし、必要な反省が終わったあとも同じ出来事を思い返し、自分を責め続けているなら、それは反省とは少し違うのではないでしょうか。
こうした状態は「反芻思考(はんすうしこう)」と呼ばれることがあります。
この記事では、反省と反芻思考の違い、なぜ嫌なことが頭から離れなくなるのか、そして同じ考えがぐるぐる回り始めたときにどう向き合えばいいのかを、私自身の経験も交えて考えてみます。
「もう考えたくないのに、また考えている」
そんな方が考えを整理するきっかけになれば幸いです。
嫌なことが頭から離れないのは、私だけではない
先日、私が関わっている空手の大会で、試合進行のお手伝いをしていたときのことです。
私は、試合をする選手を赤と白に分けて待機させ、順番に試合場へ送り出す役割をしていました。
ところが、赤と白について書かれていた指示に問題があり、それに従って並ばせた結果、本来とは赤白が逆になってしまいました。そのときの私は、間違いに気づいていませんでした。
そのまま大会が始まり、試合を進めていくと、アナウンスで呼ばれる選手と、こちらで待機している選手の赤白が合いません。
そこで混乱が起きました。
慌てて進行をいったん止め、先生方にも助けていただきながら間違いを修正して、再開しました。正直なところ、頭が真っ白になるくらいテンパってしまいました。
大会の進行を止めてしまった。選手も待っている。先生方にも助けてもらっている。
何とかしなければいけないのに、頭の中ではいろいろなことが一度に動いていました。
それでも大会は続きます。一試合、一試合と進めるうちに、私も進行に慣れて落ち着きを取り戻し、大会自体は無事に終えることができました。
しかし、私の頭の中では終わっていませんでした。
「なぜ、あんなことが起きたんだろう?」
と、何度も考えていたのです。
原因を調べてみると、私だけの責任ではなかった
最初は、自分が赤白を間違えてしまったのだと思いました。
普段は、「トーナメント表の左が白、右が赤」という決まりがあります。
ところが今回は、それとは逆に受け取れる指示が書かれていました。私はその指示を見て「今回はこのように並べるんだな」と受け取り、その通りに選手を並ばせたのです。
結果だけを見れば私が間違えたように見えますが、そもそもの指示にも問題がありました。つまり、単純に私一人のミスだったわけではなかったのです。
ところが、そのあとも私は考えていました。
「あのとき、もっと早く気づけなかったのか」
「なぜ自分で確認しなかったんだろう」
「あんなに慌てなくてもよかったんじゃないか」
「周りの人はどう思っただろう」
考えても、もう新しい答えは出てきません。それなのに、また同じ出来事を頭の中で再生している。
そこで、ふと思いました。
「これはもう反省じゃないんじゃないか?」
反省と反芻思考は何が違うのか
反省すること自体は、悪いことではありません。失敗したときに「まあいいか」ですべて終わらせてしまえば、また同じ失敗を繰り返すことになります。
何が起きたのか、なぜ起きたのか、次はどうすればいいのかを考えることには意味があります。
反省には「次にどうするか」がある
今回の私の場合は、次の順番で考えることができました。
何が起きた? → 原因は何だった? → 自分に改善できることは? → 次はどうする?
反省には、「次に活かす」という方向があります。
そして、反省することと自分を責めることは同じではありません。原因を冷静に調べた結果、自分だけの責任ではなかったと分かることもあります。
それでも自分にできる改善があれば、それを次に活かせばいい。私はそれで十分だと思います。
反芻思考は同じ場所を何度も回る
一方で、
「なんであんなことをしてしまったんだ」
「もっと上手くできたんじゃないか」
「やっぱり自分にも問題があったんじゃないか」
と、何度考えても新しい答えが出ないのに、また同じことを考えてしまう。これがいわゆる「反芻思考」です。
私なりに整理すると、こうなります。
反省は、次に進むために考える。
反芻思考は、答えが出たあとも同じところを回り続ける。
実際には、きれいに分けられないこともあります。
私自身も、最初は必要な反省をしていたはずが、いつの間にか反芻思考に変わっていました。だからこそ、
「今、自分は問題を解決するために考えているのか。それとも同じことを繰り返しているだけなのか」
と気づくことが大切なのだと思います。
なぜ嫌なことを何度も思い出してしまうのか
終わったことなのに、なぜ何度も考えてしまうのでしょうか。
私の経験を振り返ると、理由は三つあるように感じます。
同じ失敗を繰り返したくない
責任を持って取り組んでいるからこそ、「次は失敗したくない」と思うのは当然です。
ただ、原因も分かり対策も決まったあとまで考え続けていると、新しい解決策を探しているのではなく、過去を何度も見直しているだけになってしまうことがあります。
「もっと良い対応ができたのでは」と考えてしまう
あとから振り返れば、「ああすればよかった」「こうすればよかった」と思うことはいくらでもあります。
でも、そのときの自分には、そのとき見えていたものしかありません。原因が分かってから考えれば、もっと良い方法が見つかるのは当然です。
向上したい気持ちや責任感から始まったはずなのに、いつの間にか自分を責めることに変わってしまう。そんなことがあります。
人からどう思われたのかが気になる
出来事の原因は調べられます。でも、「周りの人は自分をどう思っただろう」という問いには、いくら自分で考えても答えがありません。相手の頭の中は分からないからです。
答えがない。でも気になる。だからまた考える。
これも、嫌なことが頭から離れなくなる理由の一つではないでしょうか。
「考えないようにする」だけでは止まらない
私も「もう考えるのをやめよう」と思います。
ところが、そう思った5分後にはまた考えている(笑)。思考は、「考えるな」と命令したからといって簡単に止まってくれるものではありません。
ここで、私が普段続けている瞑想の考え方が役に立ちます。
瞑想中に呼吸へ意識を向けていても、仕事のこと、家のこと、明日の予定と、いろいろな考えが浮かびます。そのとき「考えちゃダメだ」とは思いません。
「あ、また考えていたな」と気づいて、呼吸に戻ります。また考えたら、また気づいて戻る。反芻思考との付き合い方も、これに近いのではないかと思っています。
今回の経験から、同じようなことが起きたときは次のようにやってみようと思います。
「まだできることは残っているか?」と確認する
まず、自分に聞いてみます。
原因は分かったか? 対策は決まったか? 今できることは残っているか?
できることがあるなら、確認し、改善すればいい。
でも、原因も対策も決まっていて、今できることもないのなら、「ここから先は反省ではなく、同じことを繰り返しているだけかもしれない」と気づいてみる。
私は、これだけでも違うと思っています。
頭の中だけで考えず、書き出してみる
頭の中だけで考えていると、同じことが何度も戻ってきます。そんなときは、
何が起きたのか。原因は何だったのか。次はどうするのか。
この三つだけでも書いてみます。そして、事実なのか、自分の想像なのかも分けてみます。
例えば、「大会の進行が一度止まった」は事実です。一方、「周りのみんなが自分をダメだと思った」は、本当に確認したことでしょうか。
自分の頭の中で作った想像かもしれません。この二つを分けるだけでも、考えを整理しやすくなります。
呼吸や身体へ意識を戻す
それでもまた考えてしまったら、呼吸へ意識を戻します。息を吸っている。息を吐いている。身体が緊張している。そんな今の自分を観察してみるのです。
また嫌なことを考えてしまっても、「ダメだ。また考えてしまった」と責める必要はありません。「また考えていたな」と気づいて、今に戻ればいい。
瞑想を続ける中で、この繰り返しが大切なのだと感じています。
まとめ|必要な反省が終わったら、次を見る
今回の経験で、私は「反省」と「反芻思考」の違いを改めて考えました。
反省は必要です。でも、反省することと自分を責め続けることは違います。
原因を確認する。自分に改善できるところがあれば改善する。次にどうするかを決める。そこまでできたのなら、必要な反省はもう終わっているのかもしれません。
これは責任から逃げることではありません。必要なところまできちんと振り返ったからこそ、「今回は勉強になった。次に活かそう」と区切ることができるのだと思います。
過去を何度考えても、起きたこと自体は変えられません。変えられるのは、次に同じようなことが起きたときの自分の行動です。
もし嫌なことが頭から離れなくなったら、一度こう自分に聞いてみてください。
「この問題について、今の自分にできることはまだ残っているだろうか?」
できることがあるなら、やってみる。もうないのなら、「必要な反省はした。次に活かそう」と区切ってみる。
それでもまた思い出したら、「あ、また考えていたな」と気づいて、呼吸や目の前のことへ意識を戻す。
私も、いつでも上手くできるわけではありません。今回も、原因が分かってから何度も考えてしまいました。
でも、「これは反省なのか、それとも反芻思考なのか」と気づけたこと自体が、私にとって一つの学びになりました。
失敗や嫌な出来事を、無理に忘れる必要はありません。学べることは学び、次に活かせることは活かす。
そして必要な反省が終わったら、いつまでも過去にとどまらず、今やるべきことに戻っていく。
私もこれから、そんなふうに失敗と向き合っていきたいと思っています。
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