最近、ブログの収益画面を見る回数が増えました。
本当はそんなこと気にしない人間になりたい。
人の役に立つ記事を書いて、誰かの心が少しでも軽くなればそれでいい。
そう思ってブログを始めました。
しかし、現実はそんなにきれいごとではありません。
記事を書けば、「読まれたかな?」
読まれれば、「収益は増えたかな?」
と思います。
そして収益が増えなければ、少しがっかりする自分がいます。
そのたびに思うのです。
「私は、お金を気にする人間にまた戻ってしまったのか」
しかし冷静に考えてみれば、お金がなければ生活はできません。
老後の不安もあります。
物価も上がっています。
だからお金が欲しいと思うのは自然なことなのかもしれません。
それでも私は、お金だけを追いかける生き方はどこか違う気がしています。
お金も欲しい。
でもガツガツ稼ぐのは違う気がする。
この矛盾した気持ちに、どう対処すればいいか?
今回は、そんな私が仏教の「中道」という考え方から見つけた答えについてお話ししたいと思います。
お金を欲しいと思うことへの罪悪感

私は以前、お金を稼げば人生はもっと楽になると思っていました。
収入が増えれば不安は消える。
もっと自由になれる。
もっと幸せになれる。
そう信じていたのです。
しかし現実には、私はブログでほとんど収益を得られていません。
それでも不思議なことに、お金のことを考える時間だけは増えていきました。
「いつか収益が出るだろうか。」
「もっと読まれる記事を書かなければ。」
「どうしたら稼げるのだろう。」
そんなことばかり考えていた時期があります。
お金のことを考え始めると、頭の中がそのことでいっぱいになってしまいます。
そんな時は、私が実践している「頭の中を整理する方法」も役に立つかもしれません。

そして気づきました。
苦しみの原因は、お金そのものではなく、お金への執着だったのかもしれないと。
お金がない苦しみは確かにあります。
しかし、お金さえあればすべて解決するわけでもありません。
私はまだ大きく稼いだ経験はありませんが、それでも、お金を追いかける心の苦しさだけは十分に味わってきました。
人の役に立ちたいという気持ちは本物
私は人の悩みを解決したいと思っています。
空手の指導でもそうです。
ブログでもそうです。
誰かが少しでも前向きになれたら嬉しい。
その気持ちに嘘はありません。
それでも収益化したい気持ち
しかし現実には、ブログ運営にもお金がかかります。
サーバー代。
ドメイン代。
本を買うお金。
勉強する時間。
できれば少しでも収益になったらありがたい。
そう思うのも正直な気持ちです。
人助けをしたい。
でも経費はかかっている。
当時の私は、この2つは両立しないものだと思っていました。
しかし今振り返ると、それは思い込みだったように思います。
かつて私は、この二つは相反するものだと思っていました。
しかし今は違います。
- 自分が倒れてしまっては、人を助け続けることはできません。
- 活動を続けるために必要な対価を受け取ることは、欲ではなく責任でもあるのだと思います。
お金を求めることは本当に悪いことなのか
私はある時気づきました。
お金そのものは悪くない。
ただの道具なのです。
お金そのものは善でも悪でもない
包丁が料理にも使えるし、人を傷つけることもできるように、お金も使い方次第です。
家族を守ることもできます。
学ぶこともできます。
困っている人を助けることもできます。
お金そのものに罪はありません。
現代社会でお金は必要な道具である
私たちは今、お金によって物やサービスを交換する社会に生きています。
ほとんどがお金を通して成り立っています。
だから必要なお金を求めることは、生きることそのものなのです。
仏教が問題にしているのは執着だった
仏教が問題にしているのは、お金ではありません。
執着です。
「もっと欲しい。」
「失いたくない。」
「他人より上になりたい。」
そうした心が苦しみを生むのです。
私はここを勘違いしていました。
心が乱れた時、空手や仏教の教えに何度も助けられたことか。

私がたどり着いた中道の考え方

私は今でも、人の役に立つ記事を書きたいと思っています。
お金をいただけたらもちろん嬉しい。
でも、それ以上に
「気持ちが楽になりました」
「読んで元気が出ました」
そんな言葉をいただけた時の方が嬉しいのです。
お金を得たい気持ちも否定しない
同時に、お金が欲しいという気持ちも否定しなくなりました。
家族を守るため。
生活を安定させるため。
学び続けるため。
必要なお金はあって良いのです。
目的はお金ではなく価値を届けること
私が今考えているのは、
「お金を追いかける」
のではなく、
「価値を届けた結果としてお金をいただく」
という考え方です。
これなら人助けと収益は対立しません。

今日からできること
お金の目的を書き出してみる
まずは、
「なぜお金が欲しいのか」
を書いてみてください。
意外と目的が曖昧なことがあります。
今ある豊かさを数えてみる
家族、健康、友人、趣味、仕事。
すでに持っているものにも目を向けてみましょう。
足るを知ることも重要です。
人の役に立つ行動を一つ増やしてみる
小さな親切でも構いません。
「人の役に立つこと」と「対価をいただくこと」は、本来対立するものではないのかも。
そもそも、お金である必要もありません。
実際、仏教にも「お布施」という考え方があります。
お布施とは単なる寄付ではなく、人の役に立ったことへの感謝や支え合いの心でもあります。
🌱 人の役に立つことと、対価をいただくことは本来対立するものではありません。
誰かの役に立てば感謝が生まれる。
感謝が形になったものの一つが、お金なのかもしれません。
大切なのは、お金を追いかけることではなく、価値を届け続けることです。
私自身、お布施について学んだことで、お金に対する見方が少し変わりました。

私はまだブログで大きな収益を得ていません。
それでも今日も記事を書き続けています。
なぜなら、誰か一人でも救われる人がいるかもしれないからです。
そして、その価値の積み重ねがいつか結果につながると信じているからです。
まとめ
お金を求めることは悪いことではありません。
今の社会では、お金は生きていくために必要な道具です。
しかし、お金さえあれば幸せになれるわけでもありません。
お金がないことも苦しみですが、お金だけを追い求めることも苦しみになります。
だからこそ仏教では中道を大切にします。
必要なお金はしっかり得る。
けれど、お金だけに振り回されない。
人の役に立ちたい気持ちも大切にする。
私は今、その生き方を目指しています。
もしあなたも「人を助けたいのにお金も欲しい」と悩んでいるなら、その気持ちを否定しなくて大丈夫です。
問題はお金ではありません。
執着です。
そして中道とは、どちらかを捨てることではなく、どちらも大切にしながら歩いていく道なのだと私は思っています。
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【この記事を書いた人】

極真空手歴20年。トラックドライバーとして日々の労働をこなしながら、仏教・禅・気功の修行を重ね、心の鍛錬と現実生活を融合した生き方を探求。
ブログ「LifeSpirit」では、**“優しさこそ真の強さ”**を理念に、空手・仏教・日常修行を通じて「心を整える生き方」を発信しています。


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