忖度で子どもが黙る時代に|空手道場で見えた「本音を言えない社会」

忖度によって子どもが本音を言えなくなっている社会をテーマにした、空手道場の気づきを伝えるLifeSpiritの記事アイキャッチ画像
忖度が当たり前になった社会で、子どもたちはいつの間にか「黙ること」を覚えていく。

この文章は、子どもを叱りたい人のためではありません。

子どもたちが「なぜ黙ってしまうのか?」について、少し違和感を感じている方々に向けて書いています。

「忖度(そんたく)」という言葉を、あなたはどう感じますか?

昔は“思いやり”や“気配り”の美しい言葉だったはず。

でも、いつの間にか「余計なことを言わない」「波風を立てない」

そんな“静かな圧力”の代名詞になってはいないでしょうか。

空手の道場で、ある出来事をきっかけに、私は改めてこの「忖度」という言葉の意味を考えさせられました。

今の社会に必要なのは、忖度ではなく“信頼に基づく配慮”かもしれません。

関連記事:劣等感とは何か──“できない自分”が苦しい時の5つの克服法【空手と仏教から学んだ気づき】

目次

社会全体にも通じる”ある空気”

静かな海辺で一人座り、考え込むように遠くを見つめる子どもの後ろ姿

なぜうちの道場生はおとなしいのだろうか?

ある日、私の空手の先生がこんなことを言いました。

「うちの道場生って、みんなおとなしいよね。なんでだろうね?」

最初はピンとこなかった私も、よく考えてみると――

その言葉の裏には、今の社会全体にも通じる“ある空気”が流れているように感じたのです。

その空気とは何か?

私のたどり着いた答えのひとつ、それは忖度でした。

子どもは無意識に忖度している

本音を隠す子どもたち

子どもたちは、一番偉い先生の前ではとてもおとなしく振る舞います。

けれど指導員の私や、年上の先輩たちと話すときには、驚くほど無邪気で素直です。

この違いを見たとき、私はそこに「本音を隠す空気」=忖度の芽を感じました。

子どもたちは、意識して忖度しているわけではありません。

ただ、子どもたちの胸の内には、こんな思いが潜んでいます。

・自分だけは叱られたくない
・失敗して目立ちたくない

そんな小さな恐れから、自由な行動を自分で押さえ込んでしまうのです。

特に、空手のように上下関係がはっきりした世界では、その傾向がより強く表れます。

静かでおとなしい態度の裏には、子どもなりの「身を守る知恵」としての忖度が隠れていることも少なくありません。

「忖度」とは本来どういう意味だったのか?

「忖度」はもともと「相手の気持ちを慮る」という、日本ならではの優しい言葉でした。

でも今では、

• 自分の意見を抑える

• 上の人の顔色をうかがう

• 波風を立てないように沈黙する

といった、過剰な自己検閲や“忖度社会”の象徴としてネガティブに語られることも多いのです。

木製の柵につかまり、じっと外を見つめる幼い子どもの様子

怪我が怖くて、本音を言えない。

そんな空気は、子どもを強くしません。

本音で話せる空気こそが、怪我も失敗も「成長」に変える。

空手指導の現場と、ルソー『エミール』から考えました。

👉 空手で子どもは本当に危険?──ルソー『エミール』と実体験から考える「怪我と成長」の教育

政治も職場も学校も…あらゆる場に広がる「忖度の空気」

政治の世界では、「首相に忖度してルールが歪められる」なんてニュースもありましたよね。

でもそれって、特別な話ではなく、私たちの日常にもつながっています。

日常で使われてしまっている主な忖度

• 会議で誰も本音を言わない

• SNSでも炎上を恐れて黙る

• 子どもたちまでが“余計なこと”を言わなくなる

それって、本当に健全な社会でしょうか?

「忖度」が人の自由と創造性を奪う理由

静かに奪われていくもの

忖度が行き過ぎると、人は「自由に考え、自由に話す力」を少しずつ失っていきます。

それは、誰かに強制されるからではありません。

恐れや評価を気にするあまり、自分で自分を縛ってしまうからです。

たとえば、

主な忖度の例

・子どもたちが先生の前で黙る。

・職場でも上司に本音を言えない。

・政治家に都合の良い忖度が横行する。

思いやりから始まったはずの忖度が、今や“人を黙らせる力”になっているのです。

これからは「信頼からの配慮」へ

本当に大切なのは、我々大人が子どもたちを”叱られないように気を使わせる”ではなく、

”相手を尊重して、自由に話せる雰囲気”を育てること。

子どもたちが安心して本音を言える場、大人たちが遠慮せずアイデアを出せる場。

そんな空間が、忖度に縛られない社会をつくっていくはずです。

波紋の広がる円の中心に立つ、人々のシルエットのイメージ

🪴まとめ

忖度は、悪いことではない。

でもそれが「恐れ」から始まったとき、人は自由を失い、社会は静かに壊れていく。

空手道場で見た子どもたちの沈黙から、私は日本社会の「今」を見た気がしました。

これからは「信頼に根ざした優しさ」で、誰もが自然体でいられる世界を目指していきたいですね。


📌 合わせて読みたい:生活に関わる“大事なテーマ”はこちら

記事の最初に戻る

🌿 最後まで読んでくださってありがとうございます。
心が少し軽くなったら、LifeSpiritトップページに戻って、ほかの記事もゆっくりどうぞ。 【この記事を書いた人】

Kenji@LifeSpiritです。

極真空手歴20年。トラックドライバーとして日々の労働をこなしながら、仏教・禅・気功の修行を重ね、心の鍛錬と現実生活を融合した生き方を探求。

ブログ「LifeSpirit」では、**“優しさこそ真の強さ”**を理念に、空手・仏教・日常修行を通じて「心を整える生き方」を発信しています。

忖度によって子どもが本音を言えなくなっている社会をテーマにした、空手道場の気づきを伝えるLifeSpiritの記事アイキャッチ画像

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

【自己紹介】Kenji@LifeSpirit

Kenji@LifeSpiritのアバター Kenji@LifeSpirit 武道家・修行者/心を伝えるチーム

【この記事を書いた人】Kenji@LifeSpirit
大阪府生まれ。現在は千葉県在住の空手家・仏教修行者・トラックドライバー。空手と仏教の教えに支えられ、人生を立て直しました。LifeSpiritでは、心の揺らぎと向き合う日々の気づきを綴っています。“優しさこそが本当の強さ”──その信念とともに、日々修行を続けています。

コメント

コメントする

目次