世の中に、怒りが蔓延っている気がしてなりません。
今やどこを見渡しても、怒りが当たり前のように浸透しています。
SNS――怒りの感情は、まるで正義であるかのように垂れ流されています。
そして、正直に言えば、私自身もその一人。
怒りに任せて言い返し、自分を納得させる。
それを「当然のこと」だと、長年疑いもしませんでした。
確かに、怒りの感情は一時的にはスッキリします。
相手に言い返せたとき、少し勝ったような気分になることもあります。
しかし――仏教では、その怒りの感情を真っ向から否定しています。
なぜ仏教は、そこまで怒りを否定するのでしょうか。
今回は、怒り編として4回に分けての連載です。
私が仏教を学ぶようになった理由でもある「怒り」という感情の正体について、自分の体験を交えながらお話しします。
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怒りは「悪くない感情」だと信じていた

私自身も、人一倍怒りの感情が強い人間でした。
仏教の教えを聞いて怒ることをやめようと決意するまでは。
しかしそれでも、この感情のコントロールが難しくて上手くいきません。
言い負かしたときの快感と絶望
確かに、怒りに任せて人をねじ伏せたとしても虚しさばかりが残ります。
決して良い気分ではありません。
それがわかっていながら、つい怒ってしまう。
この繰り返しでいつになっても怒りの感情が消えませんでした。
怒りのあとに残るもの
その場ではスッキリしたとしても、相手とのわだかまりが消えることはありません。
むしろ時間が経つほど、後味の悪さや嫌な感情だけが心に残り、
いつまでも気分が晴れない――
そんな経験を、私は何度も繰り返してきました。
関連記事:劣等感とは何か──“できない自分”が苦しい時の5つの克服法【空手と仏教から学んだ気づき】
相手の心まで考えていなかったことが原因
最後までわだかまりが消えない原因は、相手の心をしっかりと理解してこなかったことです。
自分だけが発散していた
自分のことだけしか考えていなかった結果、残ったのは一時的なスッキリ感と重たい気分だけが残ります。
結局のところ、相手の気持ちに目を向けることができていない状態こそが、新たな苦しみを生む構造でした。
たとえ正論を言っていたとしても、相手の怒りを買い、人を傷つけてしまう。
――私は、そんな場面を何度も繰り返してきました。

仏教が説く「怒り」は煩悩の親玉
そんな怒りの感情が抑えられない私を救ってくれたのが仏教の教えでした。
仏教では、人間には108の煩悩があり、その最も強力な煩悩の親玉をトン・ジン・チ(貪瞋痴)三毒と呼んでいます。
三毒とは何か
では、その最も強力で消すことが難しい三毒を紹介いたします。
貪(トン)・・・欲望、渇愛、執念
瞋(ジン)・・・怒り、不満、憎しみ
痴(チ) ・・・無知、迷い、独りよがり
貪(トン)
貪(トン)とは、欲しい・得たい・離したくないと強く執着する心のことです。
- もっと欲しい
- 損したくない
- 自分だけ得したい
こうした欲と執着が膨らんだ状態を指します。
大事なのは「欲をなくす」ことではなく、欲に振り回されないことが大切です。
瞋(ジン)とは
瞋(ジン)とは、今回主役の怒り・憎しみ・反発・拒絶の心のこと。
- カッとなる
- 許せない
- 相手を否定したくなる
こうした心が荒れて燃え上がる状態を指します。
怒りそのものが悪ではなく、怒りに支配されることが苦の原因。
痴(チ)とは
痴(チ)とは、物事の本質が見えず、思い込みや勘違いにとらわれている心のこと。
- 自分が正しいと思い込む
- 事実より感情で判断する
- 原因と結果を見誤る
こうした無知・錯覚・迷いの状態を指します。
「知らない」こと自体ではなく、気づかないまま進むことが痴。
関連記事:心が苦しいときは“笑顔のお布施”を──利他の力が人生を好転させる理由
怒りはストレスを生む
今回のテーマ「怒り」についてのアフィリエイト、何を紹介しようか?
試しに妻に相談してみたところ、今回のテーマを伝えるとなぜか急に頭を抱え始めました。
そして間髪入れずに、
妻:「私に聞くな!」
しっかり怒られました。笑
いつも怒らせてばかりいる妻には、悪いことをしてしまいました。
ただ、そのあとで妻はこう続けました。
妻:「結局、私はストレス発散がいちばん大事なんだと思う」
妻の場合、買い物で「安く買えた」と感じた瞬間が、何よりのストレス解消になるらしい。
なるほどな、と思いながら、少し笑ってしまいました。
そこで、ストレス発散といえばこれかな。
人によって、ストレスの抜き方は本当に違う。
買い物でスッと軽くなる人もいれば、誰にも会わず、静かな時間が必要な人もいる。
私の場合は、怒りで頭が熱くなったときほど、まず体をゆるめることを意識するようになりました。
特別なことはしていません。
ただ、湯船に浸かり、香りの強すぎない入浴剤を入れて、何も考えない時間をつくるだけです。
関連記事:【怒り編②】仏教が説く“怒り”の本質──三毒(トン・ジン・チ)から心の構造を学ぶ
まとめ(次回予告)
怒りでは、自分を満足させることは決してありません。
その瞬間は気が晴れたように感じても、時間が経つほど心には後味の悪さだけが残ります。
相手とのわだかまりや、自分自身への嫌悪感が積み重なっていくからです。
それは怒りが「解決」ではなく、ただ感情を一時的に吐き出したにすぎないからです。
では、怒りをどのようにすれば消すことができるのでしょうか?
もし今、「怒ってしまった自分を責めている人」がいるなら、それはあなたが間違っているからではありません。
ただ、怒りの仕組みを知らなかっただけなのです。
次回:仏教が語る怒りの正体「三毒・ジン」をなくすためにはを深掘りします。
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【この記事を書いた人】

極真空手歴20年。トラックドライバーとして日々の労働をこなしながら、仏教・禅・気功の修行を重ね、心の鍛錬と現実生活を融合した生き方を探求。
ブログ「LifeSpirit」では、**“優しさこそ真の強さ”**を理念に、空手・仏教・日常修行を通じて「心を整える生き方」を発信しています。


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